ドナルド・トランプ氏と暗号資産、特にステーブルコインを巡る動向は、一見すると矛盾に満ちているように見えます。本記事では、トランプ氏の過去の発言、政権下での規制動向、そして2024年の大統領選における立場、さらには暗号資産業界との関係性までを詳報し、その複雑な実態を深く掘り下げていきます。
トランプ氏の暗号資産・ステーブルコインに対する初期の懐疑的な姿勢
ドナルド・トランプ氏は、大統領在任中から暗号資産全般に対して懐疑的な姿勢を示していました。特に2019年7月には、ビットコインやその他の暗号通貨について「お金ではなく、その価値は極めて変動的で薄い空気の上に成り立っている」と自身のSNSで投稿しています。また、Facebook社が発表したステーブルコイン構想「Libra(リブラ)」にも言及し、暗号資産が「違法な行為を容易にする可能性がある」と批判しました。
さらにトランプ氏は、Libraのような企業が「銀行になりたいなら新たな銀行免許を取得し、米国および世界の規制に従うべきだ」と主張し、暗号資産、とりわけ法定通貨に連動したステーブルコインについても否定的で、従来の金融規制の枠内に収めるべきだという立場を明確にしていました。
大統領退任後も、トランプ氏の懐疑的なスタンスは続きました。2021年6月のインタビューでは、ビットコインを「ただの詐欺のように思える」と発言し、自身は投資していないと述べています。そして、「ビットコインは事実上、米ドルに対抗する別の通貨であり、自分は常に世界の基軸通貨は米ドルであってほしいと思っている」と語り、暗号資産が米ドルの地位を脅かすことへの警戒感を示しました。トランプ氏はビットコインや暗号資産に対し「非常に非常に厳しく規制されるべきだ」とも述べており、暗号資産全般への否定的見解を改めて強調しています。
一方で、トランプ氏自身は暗号資産ビジネスへの関与も見られます。例えば2022年末に発売した自身の公式NFT(デジタルトレーディングカード)は大きな話題となり、数百万ドル規模の売上を記録しました。NFTは暗号資産技術を用いたデジタル商品ですが、トランプ氏はこれを「自分の人生とキャリアに関連する」コレクターズアイテムとして宣伝し、購入者にはディナー招待などの特典を用意するなどビジネス展開しました。このように表では暗号資産を批判しつつ、裏ではその技術を利用して収益を得る行動は、トランプ氏の暗号資産に対する姿勢の複雑さを物語っています。
トランプ政権下におけるステーブルコイン・暗号資産規制の動向
トランプ政権期(2017~2021年)、連邦政府は暗号資産やステーブルコインに関していくつかの重要な政策対応を行いました。トランプ氏自身は暗号資産に否定的でしたが、政権の規制当局や高官の動きには慎重なリスク管理と適度な容認の両面が見られます。
まず、トランプ政権下の財務省・規制当局はFacebookのステーブルコイン計画Libraに強い関心を寄せ、金融システムへのリスクを指摘しました。当時のFRB議長は「Libraはプライバシーやマネーロンダリング、消費者保護、金融安定性の懸念に対処しない限り前に進めない」と証言し、米政府全体でLibraへの慎重姿勢が示されています。
一方、規制面では暗号資産の合法的な発展を妨げないよう配慮する動きもありました。代表的なのが通貨監督庁(OCC)による指針です。2020年9月、OCCは米国の銀行がステーブルコイン発行体の準備金を預かることを明確に認める書簡を公表しました。
これは連邦銀行が、例えばUSDCの発行企業などから預金を受け入れ、その裏付け資産を保有することを正式に許可する内容です。さらに2020年末から21年初頭にかけて、OCCは銀行がステーブルコインのブロックチェーンを決済ネットワークとして利用可能とする指針も示し、ブロックチェーン技術やステーブルコインの実用化に前向きな姿勢を示しました。
トランプ政権末期には、ステーブルコイン等を巡るリスクに対する規制強化の検討も進められました。2020年12月、財務長官が主導する大統領金融市場作業部会(PWG)は、民間の支払い手段としてのステーブルコインに関する報告書を公表し、「ステーブルコインも他の金融商品と同等の規制基準を満たすべきだ」と提言しています。
さらに同じ時期、財務省のFinCEN(金融犯罪取締ネットワーク)は暗号資産取引の規制強化案を打ち出しました。2020年12月FinCENは、銀行や送金業者に対し、特定金額(3,000ドル超)の暗号資産取引について取引相手のウォレット情報を含む記録保存・報告を義務付ける規則案を公開しました。これは後に反発を招き、バイデン政権下で撤回・再検討されることになりましたが、トランプ政権末期には暗号資産取引の透明性確保と違法利用抑止のため、厳格な規制も辞さない構えを見せた形です。
2024年米大統領選におけるトランプ氏の暗号資産・ステーブルコイン政策の示唆
2024年の米大統領選挙に向け、共和党候補として活動したトランプ氏ですが、暗号資産政策を主要な争点として積極的に語る場面は多くありませんでした。トランプ陣営の公約や演説では、経済政策や外交・治安問題が中心で、ビットコインやステーブルコインに関する詳細な言及は限定的だったと見られます。これは一部には、トランプ氏自身が暗号資産に否定的であることや支持基盤における優先事項から外れていたことが要因と考えられます。
ただ、共和党内では2024年選挙において暗号資産・デジタル通貨への対応が論点化し始めていました。他の共和党候補は、連邦準備制度による中央銀行デジタル通貨(CBDC)の導入に明確に反対する姿勢を打ち出し、暗号資産コミュニティにアピールする発言を行っています。一方のトランプ氏は、公的にはこうしたテーマへの踏み込んだ発言をほとんどしていません。
過去の発言から推測すれば、トランプ氏は「米ドルの支配力を守る」ことを最重視しており、ビットコイン等だけでなくドル連動型のステーブルコインについても、自国通貨体制への脅威とみなす可能性があります。
しかし2024年選挙戦では、トランプ氏は自らの法的問題や経済・外交公約に注力し、暗号資産に関して具体的な公約は打ち出しませんでした。そのため、ステーブルコインへの直接の言及も確認されていないのが実情です。
暗号通貨業界との複雑な関係性 支援者 ロビー活動 そして寄付
トランプ氏と暗号資産業界の関係は一見すると齟齬があります。トランプ氏本人はビットコインを「詐欺だ」と断じ、暗号資産全般を批判してきましたが、その一方で政権内部や周辺には暗号資産に理解を示す人物や業界との接点も存在しました。
まず、トランプ政権の高官には暗号資産支持者がいました。顕著な例がミック・マルバニー氏で、彼は下院議員時代に超党派のブロックチェーン議員連盟を共同設立し、議会内で暗号資産・ブロックチェーン技術の推進役となった人物です。また前述のブライアン・ブルックス氏(元Coinbase法務責任者)はトランプ政権末期に通貨監督庁長官代理となり、銀行による暗号資産カストディ(保管)業務許可やステーブルコイン関連の指針策定を進めました。ブルックス氏のように業界出身者が規制当局トップに就いたことは、当時「クリプトに寛容な人事」として注目されました。
暗号資産業界からトランプ氏・共和党へのロビー活動や資金提供も徐々に増加しました。2016年のトランプ氏初当選時には業界は未成熟でしたが、2020年前後から主要取引所やブロックチェーン企業は連邦政府に対する働きかけを強めています。報道によれば、2020年の大統領選挙後には暗号資産企業がトランプ氏の就任式関連行事に寄付を行う動きもあったとされます。
具体に名前が挙がる例として、ステーブルコインUSDCを発行するCircle社のジェレミー・アレールCEOはトランプ政権での対話を重視し、業界団体を通じた政策提言を行いました。ある報道では、Circle社がトランプ氏の就任式基金に100万ドル相当のUSDCを寄付し、同委員会がUSDCでの受け取りを受諾したとされています。これが事実であれば、政府行事への寄付にステーブルコインが用いられた画期的事例といえます。
また、Krakenの創業者ジェシー・パウエル氏など一部の暗号長者は共和党系の政治資金団体に多額の暗号資産で寄付したとも報じられています。パウエル氏のような人物はトランプ氏個人を全面支持したというより、民主党政権よりは共和党政権の方が業界に有利と判断して支援した可能性があります。
政治姿勢の変化とバイデン陣営との政策比較
トランプ氏の暗号資産・ステーブルコインに対する姿勢は、時間の経過とともに変化や矛盾が見られます。2019年には強い否定的言辞で暗号資産を非難しましたが、その後自らNFTプロジェクトで利益を得る姿勢には現実的な適応も感じられます。また2024年の選挙戦では暗号資産について積極的に語らなかったものの、水面下では業界からの支持獲得も模索する状況がうかがえました。これは、2017~2021年の政権運営を通じて暗号資産を無視できない存在と認識するに至った可能性があります。
対照的に、民主党のジョー・バイデン大統領とその陣営の暗号資産・ステーブルコインへの姿勢は、トランプ氏とは異なるアプローチを取っています。バイデン政権下では暗号資産市場に対する規制と監視が一段と強化されました。例えば2021年にバイデン大統領の金融市場作業部会(PWG)は改めてステーブルコイン発行体を銀行並みに規制すべきだとの報告書を発表し、ステーブルコインの発行主体に連邦銀行免許の取得を求める法整備を勧告しました。また証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長は暗号資産を「西部開拓時代のような無法状態」と評し、大手取引所を相次ぎ提訴するなど強力な法執行に踏み切りました。
こうしたバイデン政権の動きに対し、トランプ氏および共和党は概して「規制過剰」を批判する立場です。共和党の議会議員は、バイデン政権下でのSECや銀行規制当局の措置を「暗号資産に対する戦争」と形容し、イノベーションを海外に追いやると懸念を表明しています。
実際、2023年には下院金融サービス委員会の共和党議員が主導してステーブルコインの包括的な法規制案を提出し、州規制に基づく発行も認める柔軟な内容を提案しました。この対立はトランプ氏とバイデン氏という個人間の違いというより、共和党と民主党の政策哲学の違いといえますが、トランプ氏は共和党の立場として規制緩和・産業奨励側に立つとみられます。
トランプ政権期とバイデン政権期を比較すると、ステーブルコインへの対応には明確な温度差があります。トランプ政権の財務省はステーブルコインに注意を促しつつも明確な禁止措置は取らず、むしろOCCによる銀行との連携容認など発展を見守る姿勢を示しました。対するバイデン政権の財務省・連邦準備制度は、ステーブルコインがもしドルに代替する規模で広がれば金融安定に影響し得ると警戒し、立法措置が必要との立場です。
今後の展望 トランプ氏の暗号資産政策の行方
トランプ氏本人のスタンス変化に触れると、彼は「批判者から傍観者、そして機会利用者へ」と移行した印象があります。2019年は明確な批判者でした。その後、自身では規制の強弱を巧みに使い分け、表向きには否定しつつビジネス面では暗号資産ブームを収益源にも変えました。バイデン氏との差異も踏まえると、トランプ氏は政治的レトリックとしては強硬でも、実利面では柔軟であり、バイデン氏はレトリックでは穏健でも政策としては厳格という対比が浮かび上がります。
トランプ大統領とステーブルコインを巡る動向を総合すると、過去の発言や政権の政策からは一貫して米ドルの優位性維持と違法行為防止が軸にあり、ステーブルコインにも慎重でした。しかし政策当局内の動きや自身のビジネス行動には暗号資産との関与が徐々に深まった様子が見て取れます。2024年選挙における明確な公約こそなかったものの、トランプ氏と暗号資産業界の距離は以前より縮まっており、一方で民主党との間では規制を巡る哲学の違いが鮮明化しています。今後も米国の暗号資産政策は、こうした政治的スタンスの変化と勢力争いの中で揺れ動いていくと予想されます。
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